チャールズ・J・アベイ(Charles J. Abbe)
取締役
チャールズ・J・アベイ氏は、2000年2月から退任する2001年6月までJDSユニフェーズ社の社長兼最高業務執行責任者(COO)を務めていました。氏は、1998年4月からJDSユニフェーズ社に統合される2000年2月まで、オプティカル・コーティング・ラボラトリー社(OCLI)にて社長兼最高経営責任者(CEO)に就いていました。1996年アベイ氏は、OCLIにバイスプレジデント兼その主要なオペレーション部門のゼネラルマネージャとして入社しました。1990年から1996年の間、氏はレイケム社の電子部門のシニアバイスプレジデントなどいくつかの職位を、責任範囲を増やしながら務めました。氏は、1971年から1989年まで、サンフランシスコのマッキンゼー社でビジネスコンサルティングを行い、最後の7年間はシニア・パートナーとして勤めました。アベイ氏は、スタンフォード大学の経営学修士号を持ち、また、コーネル大学の化学の学位と修士号を取得しています。
ハリー・L・ボスコ(Harry L. Bosco)
取締役会長
(2002年-2009年 社長兼最高経営責任者(CEO))
ハリー・ボスコ氏は、光ファイバ・テクノロジー及び企業のリーダーシップにおける豊かな経験をもってオプネクストの取締役会に貢献しています。ボスコ氏は、オプネクストの最初の社長兼CEOとして、2007年2月に会社を上場に導きました。その前職は、ルーセント・テクノロジー社でオプティカル・ネットワーキング・グループ・プレジデントを務め、またそこでは消費財部門の最高技術責任者(CTO)、有線テクノロジー及びイニシャル・プロダクション・センターのバイスプレジデント、ネットワーク・システム・ブロードバンド・ネットワーキング・ユニットのプレジデント、オプティカル・ネットワーキング・グループ最高執行責任者(COO)、サービス・プロバイダ・ネットワーク最高技術責任者を務めてきました。35年に渡るルーセント社在職期間中、ボスコ氏は同社のコア・データ・ネットワーキング・アーキテクチャの開発、広帯域ネットワーク戦略の策定支援、ルーセント社のオプティカル・ネットワーキング製品ポートフォリオの展開などで活躍しました。
ジル・ブシャール(Gilles Bouchard)
社長兼最高経営責任者(CEO)
ジル・ブシャールは、ヒューレット パッカード(HP)社で種々の幹部職を17年以上務めた経験を持っています。直前の役職は、HP社のグローバルオぺレーションのエグゼクティブバイスプレジデントであり、同社のグローバルビジネスオペレーションの責任者でした。その職においては、$500億のサプライチェーンなどのお客様対応の全てのオペレーションを管掌しました。また、CEO直属で、最高執行委員会のメンバーでした。
HP社でその前は、CIOとプリンティング&イメージング部門のオペレーションのSVP職を兼務しました。また、パーソナルコンピュータ事業部門のいくつかの数十億ドル規模のビジネスの損益責任を負っていました。彼は、またHP社とコンパック社のサプライチェーンの統合を担当し、$13億の費用相乗効果をもたらしました。
HP社に入社する前は、IBMにおいて研究部門及びストレージ事業部で数々の役職を歴任しました。
ケンドール・カウアン(Kendall Cowan)
取締役
ケンドール・カウアン氏は、現在カウアングループ, LLC、カウアンホールディングスの会長兼CEOを務めまた、いくつか氏の保有する企業の株主であり役員に就いています。更に、北米国際光学委員会の役員及び監査委員会会長を務めており、リー・カウンティ・バンクシェアズの役員に就いています。 カウアン氏は、1999年12月から2006年2月までアラモサ・ホールディングスの最高財務責任者(CFO)を務めました。1983年に国際的な会計事務所のパートナーとなり、1986年1月から1993年9月までクーパース&ライブランドのパートナーを務めました。カウアン氏は、1977年に米国公認会計士となり、米国公認会計士協会及びテキサス公認会計士協会双方のメンバーです。
岩田 眞二郎
取締役
現在、岩田 眞二郎氏は、日立製作所執行役常務情報・通信グループサービス・グローバル部門CEOに就いています。岩田氏は、1972年に日立製作所に入社し、海外事業部を始めに多くの重要な職位を歴任してきました。1996年同社の最も大きなセグメントである情報部門の情報事業本部企画部長に就きました。1997年には、日立データシステムズ社のエグゼクティブバイスプレジデントとして、ストレージ製品を担当し、2000年8月まで務めました。その後、日立製作所に戻り、国際事業本部副本部長、グローバル事業開発本部部門本部長を務めました。その後、再び日立データシステムズ社でCEOに就き、業績を好転させ、成長と収益性向上の時期を導きました。直近では、日立グローバルストレージテクノロジーズ社のエグゼクティブバイスプレジデントとして、営業、オペレーション、ロジスティックス、マーケティング及び事業企画など多くの分野を管掌しました。
岩田氏は、兵庫県出身で早稲田大学の工学の学位を取得しています。
久留 勇
取締役
久留 勇氏は、米国と日本の双方で多くの役職を歴任してきました。直近では、1990年から2001年までNEXNET,Japanの前社長であり、代表取締役でした。 久留氏は、モトローラでシニア・バイスプレジデント、コーポレート・バイスプレジデント、日本モトローラ社で社長、副社長など多くの役職に就いてきました。久留氏は、また日米双方の東芝で、28年に及ぶ顕著な職歴を持っています。久留氏は、電気工学の学位と博士号を京都大学から受けています。また、スタンフォード大学、シェフィールド大学の研究に従事し、ハーバード大学の上級経営プログラムを修了しています。
ディビッド・リー(Dr. David Lee)
共同会長
ディビッド・リー氏は、2000年より共同会長として取締役会に貢献してきました。また、クラリティ・パートナーズの共同創立者兼マネージング・ゼネラル・パートナーです。1997年3月にクラリティ・パートナーズ設立前、リー氏はグローバル・クロッシング社を共同設立し、役員会の一員のみならず社長兼最高執行責任者(COO)という役職を務めました。1989年から1997年の間、リー氏は非公開投資会社のパシフィック・キャピタル・グループのマネージング・ダイレクターを務めました。パシフィック・キャピタル・グループに入る前は、TRWインフォメーション・システムズ・グループの財務及び企業買収管掌のグループ・バイス・プレジデントに就いていました。リー氏はまた、衛星通信会社のコムサットで多くの幹部職を歴任し、アーサー・アンダーセンLLPで公認会計士として勤務しました。
リー氏は南カリフォルニア大学ケック医学学校の監督役員会長でもあります。カリフォルニア工科大学の理事および、トラスト・カンパニー・オブ・ザ・ウエスト社役員の任にも就いています。
大槻隆一
取締役
大槻隆一氏は名古屋大学法学部卒業後、1981年に株式会社日立製作所へ入社しました。20年以上にわたり、日立データシステム、日立PCコーポレーション、グローバル事業計画業務部門など日立製作所内での多様な役職に携わってきました。M&A、投資、事業計画や組織作りなどを遂行しています。現在は、日立製作所情報・通信グループ国際情報通信統括本部で統括本部長として活躍しています。
ジョン・F・オットー,Jr.(John F. Otto, Jr.)
取締役
ウォーターフロント・パートナーズでの現在の役職の前、オットー氏は、メリルリンチのマネージング・ダイレクター、ベア・スターンズのシニア・マネージング・ダイレクター、最も直近では、1997年から2002年までサロモン・ブラザーズ/サロモン・スミズ・バーニー/シティグループのマネージング・ダイレクターといくつもの投資銀行の役職に就任しました。 オットー氏は、ボストン大学を卒業し、コロンビア大学経営大学院の経営学修士を取得しています。
フィリップ・F・オットー(Phillip F. Otto)
取締役
フィリップ・F・オットー氏は、シリングロボティックス社の海底油田及びガスの探査及び産出のための海中コントロールシステム、遠隔操作車両、その他ハイテク機器を製造する非公開会社の最高経営責任者(CEO)兼取締役です。1998年から2007年の間、オットー氏は様々な技術及び高成長の会社でいくつかの幹部職を務めました。氏は、カリフォルニア・マイクロウェーブ社で、1975年から1981年の間、最高財務責任者(CFO)を務め、1992年から1997年までは、CEOに就きました。1989年から1991年までは、ゼネラル・セルラー社でウェスタン・ワイヤレス社に統合されるまでCFOを務め、1986年から1988年までは、テクノロジー・インベスト・アソシエイツ&ネットライン・コミュニケーションズ社の創設者であり、CEOでした。その前の1981年から1986年、氏は、テルコ・システム社の会長兼CEOでした。オットー氏は、エール大学の工学の学位とハーバード大学のマーケティング及び財務管理の修士号を取得しています。
ビル・スミス(Bill Smith)
取締役
現在、ビル・スミス氏は、AT&Tの国内通信施設を通したオペレーション、具体的には、建設とエンジニアリング、設置とメンテナンス、U-verse運用、移動建設とメンテナンス、オペレーション企画に関するローカルネットワーク全ての責任者です。現職位に就く前は、スミス氏はシェアドサービスのバイスプレジデントに就いており、大量市場と企業向オペレーション、会社の土地家屋、調達、地域の有線敷設計画と事業企画及び統合を担当していました。AT&A社に入社する前は、ベルサウス社の最高技術責任者(CTO)を務め、ベルサウス社の中核となるインフラの全ての技術の方向付けに責任を持っていました。その職においては、ネットワークとオペレーション技術、インターネット・プロトコル・アプリケーション、次世代戦略及びベルサウス・エンターテイメント社の責任者でした。